03 焚き火

 青年を追いかけてアウロは歩いた。重なる疲労のためか必死に足を動かさないとすぐに引き離されそうになった。その上、彼は振り向きもしなかった。急速に光は勢いを失い、森は薄暗くなる一方だ。置いて行かれたらお終いだった。
 やがて草叢を飛び越え、開けた空間に出た。心地良い風、水の流れる音。川原だ。
 青年は立ち止まった。
「お疲れさん。」
その一声に、へたり込みそうになった。全身の力が抜けて、どこでもいいから座り込んでしまいたかった。が――。
「あ、焚き火作るから。薪になりそうなもの集めてこいよ。」
「えー?」
さすがにもうくたくたで微塵も動きたくなかった。心の声が筒抜けになって出てくる。色々と限界だった。
「あんなぁ…。いいからキリキリ働けよ。働かざる者食うべからずっていうだろ?」
青年がリュックを下ろしながら、顎でしゃくった。
「うー…。」
アウロは口を尖らせたが、従わざるをえない。“仕方なく”“善意で”薪集めるために、来た道を引き返していった。
 真っ暗になりつつあったので、枝を拾うのには難儀だった。焚き火なんて作ったことはないけれど、生木は駄目だと言われていたことを思い出して、乾いた小枝を探した。時々帰り道を見失わないように確認して、慎重に進んでいった。
 それらしいものを一抱え集めて、アウロは元の場所に戻ってきた。
 川辺には小さな光が見える。ランタンだ。青年がランタンの光を頼りにリュックから必要なものを出しているらしい様子が見て取れた。
「ただいま。便利なものあるんだね。」
ちょっとだけ嫌味を込めてアウロは言った。
「燃料がもったいない。」
彼は嫌味を感じ取ったのだろうとは思えるが、気に留めることなく淡々と返した。いつの間にか彼の方でも薪を集めていたらしい。アウロの倍はある薪の山がそこにあった。アウロは自分の分もそれに積み重ねた。アウロの薪を一本手に取って、彼は適当な長さに折り分けた。
「ふーん…。まぁ、合格かな。」
と言って、手際よく焚き火を作っていく。今度こそ、とアウロは思い、その場に座った。青年は特に何も言わなかった。
 紙だろうか、それを中央に枝を組んで点火する。小さな火を枝に移していく。
「あー…風上に座って。移りにくい。」
 またか。いや、予想はしてたけれど。
 アウロは黙って、風上に移動した。微風だが川の風が火に当たっていた。それを遮るように座り直した。
「あぁ…うん。ベストだ。点いた。」
 チロチロと燃える火に照らされて、青年は微笑んだ。それを見てアウロは単純にも、この人は悪い人ではないと思うようになっていた。
 その他、水を汲めとか、これくらいの石を持ってこいとか、何かにつけて使われたが、あまりに気ならなくなった。青年はアウロ以上にテキパキと動き、野宿の支度を整えていた。何より、少量ではあったが食事にありつくことができた。それだけでアウロは深い安心感に包まれることができた。

 「それで、アウロ…?」
 アウロが、御馳走様、ありがとう、と元気よく言って、足を投げ出して満足げに天を仰いでいた時だった。虫の音しか聞こえない静かな闇の中で、目を丸くしてアウロを見ていた青年が、唐突に呼んだ。アウロは驚いて向き直った。
「何…?」
青年は少し思案し、間を置いてから話し始めた。
「俺はお前がどうしてあそこに倒れていたのか、知りたい。」
なんだ、そんなこと。と、アウロは答えた。
「多分…崖とかから落ちちゃったんだと思う。」
 あの時、疲れた身体で感じた事から、眩しさで足元が覚束無くなって、崖になっていたところから落ちたのだろうと推測できた。こうして運よく助かったわけだけれど。木の上から海を見つけて、町があるだろうと思い、その方向に歩き続けていたことも付け足した。
「…そうか。」
 青年は神妙な表情で聞いていた。
「じゃあ、そんな軽装でこんなに深い森に入った、そもそもの発端って何だ?」
青年がアウロを指差した。それはちょっと答えにくい質問だった。なにせ気づいたらここにいたのだから。
「何って……うーん…《虹色の風》のせいかなぁ。」
そうとしか言いようがなかった。それさえ無ければ、毎日普通の生活だったはずだ。
「虹色…の風?」
青年が眉根を顰めた。何のことだ、といった表情だ。
「うん。初めは砂嵐だと思ったんだ。…やっぱり砂嵐だったのかも。」
「虹色の風…とやらは、お前の国で言うところの砂嵐の別名みたいなものか?」
「違うよ。なんというか…本当に、色んな色で、虹色だったんだ……。」
思い出すだけで、身震いする。あの唸り声が聞こえてくるようだ。
 青年の方を見ると、解りかねているようだった。アウロははっと気づいて説明した。
「僕、風が見える・・・・・んだ。」
「……はぁ?」
「信じてくれる?」
「信じにくいことを言うな。」
「まぁ、それもそだよね。」
「お前の国では、見えるのが当たり前なのか?」
「ううん。僕だけだよ。」
「それは先天性…生まれつきのものか?」
「ううん。“貰いもの”だよ。周りの人は“授かりもの”って言ってる。正直、僕にもよく分からない。」
「それ、いつ“貰った”んだ?」
青年はむしろ面白そうである。アウロは至極真面目に答えていた。
「忘れた。多分、それくらい遠い昔だと思う。…そうだ、明日の朝、風が何色か当てて見せるよ。」
「あほ。どうやって確かめる?…まぁ、半信半疑だが、風が見える・・・・・ということにしといてやる。…で、その虹色の風がどうした?」
アウロは納得いかなかったが、しぶしぶ話の続きを始めた。
「砂漠のオアシス都市に住んでいたんだ。ト・ル・ハノンって名前の町で、本当に普通の生活。『風が見える』から、毎日夜明けに風の見張番をして、それから、学校行って、大人の手伝いしたり……。それが、朝…普通の砂嵐じゃない、前触れもなく《虹色の風》がやって来て、その後、どうなったかよく分からないけれど、僕は巻き込まれて、気づいたら森の中だった。」
アウロはなるべく簡潔になるように考えながら、ぽつりぽつりと話した。あまり詳細に語る気にはなれなかった。
 青年は静かに一通りの話を聞いていた。
「それで、木の上から見つけた海を目指して歩いていたって話になるんだな。」
「うん…。」
「ちょうど、俺もそっちの方面へ向かうところだった。お前の予想通り、その海沿いには町がある。」
「ほんと!?…僕も連れて行ってよ、お願い!」
青年はアウロを見つめて、言葉に詰まっていた。
「荷物持ちするよ!何でもする!」
「…いや、それは別にいい。」
青年は苦笑いして、小さな溜め息の後、表情を緩めた。
「とにかく、お前を見つけた時から連れて行こうとは思っていた。安心しろ、売り飛ばさねぇから。」
「な、何それ!?」
ははは…と笑い声。青年が火に薪をくべた。
「さ、寝るか。明日は早く出発してガンガン歩くぞ。」

 どこから出てきたのかケットを差し出された。おそらく、あのリュックの中からだろうが。
 それにくるまると、三秒でとてつもない眠気がやって来た。
 疲れた……。本当に疲れ切っていた。

 あ、そう言えば、あの兄ちゃん、何て名前なんだろう。
 明日、訊いてみよう。


モドル/ススム

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